You Me I Don’t Know. 単一視点から見た外国語
どうも、うつみです。
なかなかに、意味不明なタイトルをつけてみました。
今日は、単一視点から見た外国語と言うテーマで書いていきます。
You me I don’t know.
これは、とあるところで知り合いの小学4年生の少年A君が久々に会う友達に向かって、ふざけて言っていた英語です。
「You me I don’t know.アナタノコト ワタシ シリマセーン(笑)」と、日本語訳もつけて言っていました。
もちろんA君は日本人ですので、おそらく照れ隠し的な意味合いを持って言ったのでしょう。
もしかすると、英語を習った嬉しさから使ってみたのかもしれません。
悲しいことに、英語圏の人にこれを言っても伝わらないと思います。
が、その一方で、すごく興味深い視点だと思ったのでこの記事を書きます。
単一視点から見た外国語
A君はおそらく今まで日本語しか触れてこなかったはずです。
日常会話も日本語、学校で習う言葉も日本語。もちろん英語はいくつかの単語やフレーズこそ知っているものの、文法は学んでいないでしょう。
そう言った状況下だからこそ、この”You me I don’t know”が生まれたのだと思います。
A君は、知りうる限りの習いたての英語の単語とフレーズを日本語の文法に沿って組み立てて発言したのです。
ただ、英語の文法を知らない人にとってはそれが普通なのかと思います。
すでに英語を中学高校と学んだ大人にとっては、変な英語に聞こえるでしょうが、A君にとってはそれが最大限のエイゴだったのだと思います。
自分にも似た経験があります。
小さい頃から英会話教室に通い、”How are you?”、”I’m fine thank you, and you?”の世界で過ごしていました。
好きな食べ物も言えたし、面白いことに外国の先生とコミュニケーションを取ることもできました。
そして、文法に関して考えたことは一度もありませんでした。
小学校高学年のある日、父にこう相談したことがあります。
「A~Zを読めるようになったし、日常会話もできるようになった。AppleやBananaと言った英単語もわかるようになった。あとは、「〜は」とか「〜が」とかそう言ったコトバを繋ぐ英語さえわかれば、英語が話せると思う。だけど未だにそれを教わったことがないので、教えてくれ」と。
今から思えば変な話ですが、日本語を母国語としてきた自分にとってそれはとても重要な問題でした。
しかし、それらを学ぶことはありませんでした。
そもそも、文法が全く違ったのです。
“How are you?”を認識したあの日
中学に入学して、しばらく英語の授業を受けたある日、衝撃的に文法を理解しました。
今まで耳で覚えて、喋っていた自分にとって、”How are you”は「ハウアーユー」というフレーズに過ぎず、HowとAreとYouが別の単語だと知らなかったのです。
それぞれが独立した別の単語だと理解した日、とても打ちのめされたことを覚えています。
そして、今まで10年やってきた「英語フレーズ集」が、脳内で見事にばらけていき、単語レベルに分解されて行きました。
気付いた時には、英語を話せなくなり苦手になっていました。
中学時代は常に赤点。再テストの常連客でした。
単一視点から見た外国語、再び
再度、A君のフレーズを見ていきます。
“You Me I don’t know.”( = あなたの事を私は知りません)
彼が言おうとしてたことは、日本語と語順が一致していると言えそうです。
You = あなたの事
Me = 私は
I don’t know = 知りません
お分りいただけたかと思いますが、彼もまた”I don’t know”を「アイドンノー」という一つのフレーズで認識しています。
そして、それらを日本語の語順で組み立てているのです。
別に悪いことではないと思います。というか、そもそもそう言った文法の国で過ごしてきている以上、しょうがないことだとさえ思います。
文法と思考
国が違えば、言葉も変わります。そして言葉が変われば文法が変わるのです。
では、文法が変わるとどうなるのか?
私は物事の認識の仕方が変わると思っています。
多言語を学ぶ事のメリットはここにあると思っています。
が、今日は長くなり過ぎたので、また別の記事でこのネタを書きます。
それでは、また。
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